『青い鳥』を知りませんか?(その6) - アフィリエイトで脱サラ (ニートが月15万円稼ぐブログ)

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『青い鳥』を知りませんか?(その6)

前回の続きで、

「青い鳥のあらすじ」と読み取れる「幸せのヒント」

木こりの小屋
妖女の家
思い出の国
夜の御殿

墓地
幸福の花園
未来の王国
目覚め

↑のなかの
「幸福の花園」編





幸福の花園

「光」から「青い鳥」が、「幸福の花園」にいることを知らされたチルチルとミチル

「幸福の花園」は人間の喜びと幸福のすべてが集められている場所

「幸福の花園」と「不幸」達が住む「洞穴」とは隣り合っていて、
2つの場所の間はうすい幕で仕切られているだけ、
2つの場所を仕切るうすい幕も、「正義」や「運命」から吹いてくる風でゆらゆら揺れていて、

幸福や不幸は2つの場所を行ったり来たりしている

「幸福の花園」にやってきたチルチルとミチル、
そこで、太りかえった幸福(人間の目で見ることができる幸福たち)に出会います

「お金持である幸福」「地所持である幸福」「虚栄に満ち足りた幸福」
「かわかないのに飲む幸福」「ひもじくないのに食べる幸福」
「なにも知らない幸福」「もののわからない幸福」「なにもしない幸福」「眠りすぎる幸福」
「ふとった大笑い」

太りかえった幸福(人間の目で見ることができる幸福たち)は、
チルチルとミチルを終わりのない饗宴に招待しようとしますが、

チルチルは「光」のいいつけどおり、招待を断って、「青い鳥」についてたずねます

人間の目で見える幸福たちは、
青い鳥の話を聞いたことがあるが、
自分達の前に現れたことがないので、そんなに尊重されるものではない、
ほかにいいものがたくさんあるのだから、青い鳥なんて気にする必要がないと言って、

チルチルに自分たちの事をよくみるように言います

ふとりかえった幸福
われわれはなんにもしないことで終始忙しいのさ。
ほんとに一分だって休む暇がないぐらいなんですからね。
飲んだり、食べたり、眠ったりしなければいけないし、いつだって、ただもう夢中なんですよ。

チルチル
それがおもしろいの?

ふとりかえった幸福
そうですとも、おもしろくなくってどうしますか。
この世には、ほかのものはないんですから


ボクたちが「幸福」と聞いて連想する典型的なものですね・・・

ボクがアフィリエイターになろうと思ったのも、
会社員のときにめちゃくちゃ睡眠不足で、
「寝たいときに寝ていたいだけ寝ていられる生活」が欲しかったからですし・・・

ボクがその時に思っていた「幸福」は、
「お金持ちの幸福」(会社の言いなりにならなくても生活できるお金がある幸せ)
「なにもしない幸福」「眠りすぎる幸福」(寝ていられる生活)

きっちり「ふとりかえった幸福」の中に入ってます
「人間の目で見える幸福」を象徴する言葉は、

「この世には、ほかのものはないんですから」

「幸せになりたい!」と思うとき、
それは同時に「今の自分は幸せじゃない!」と思っているわけです

「幸せになる」ためには、「今の自分には何かが足りない」
その「足りない何か」が、「太りかえった幸福」たちで、

人間の目に見えている(わかりやすい)幸福

ボクがこのエピソードの中で印象に残ったのは、
チルチルのセリフ「それがおもしろいの?」

太りかえった幸福は、言ってみれば、
チルチルがクリスマスイブの夜に、家の窓から眺めてうらやましがっていた、
隣の家の「お金持ちのクリスマスイブ」なんですが・・・

チルチルはあっさりと、「それがおもしろいの?」と言ってのけます

大人になったボクなんかよりも、
はるかに本当の意味での「幸せ」についてわかっているように感じますね

大人になったボクにとっての「幸福」は、
目で見ることができる「太りかえった幸福」であって、
「この世には、ほかのものはないんですから」

疑問すら持つことができないボクよりも、
疑問を持てるチルチルのほうがよほど、「幸福」を理解できているように思います

上の文章で
たんに「ボク」ではなく、わざわざ「大人になったボク」と書いている理由は、

まだ成人する前のボクは、チルチルのほうに近かったからですね

テレビ番組の中で「お金持ち」が登場して、
豪華な生活の様子を見たときのボクの感想がチルチルの「それがおもしろいの?」に
かなり近い感覚なんです

子供のころのボク「お金持ちじゃなくて良かった・・・」



世の中には「楽しいこと」、「面白いこと」がたくさんあります

おもちゃで遊ぶ、遊園地に行く、動物園に行く、水族館にいく、絵を描く、アニメを見る、
テレビゲームをする、動画を作る、プラモデルを組み立てる、自作パソコンを組み立てる、
カードゲームをする

お金をかけなくてもできることがありますが・・・

それでも、お金があったらもっとアレコレできるのに!もっといろいろできるのに!
と思うことは多いです

おもちゃ、テレビゲーム、カードゲームで遊ぶのに金持ちである必要はありませんが、
お金があればもっとたくさんのおもちゃ、ゲーム、カードを買って遊ぶことができます

遊園地、動物園、水族館、行くのはお金持ちでなくてもいいですが、
お金があれば、「もうたくさんだ!!」と飽きるまで毎日行くことができます

絵を描く、アニメを見る、動画を作る、お金持ちじゃなくてもできますが
お金があれば、「お金を稼ぐために仕事をする時間」を
アニメみたり絵を描いたり動画を作ったりする時間にまわせます

プラモデルや自作PC、お金持ちじゃなくてもできますが
お金を気にせずに「部品」や「道具」を買い揃えられたら「もっとすごいの!」が作れます


・・・


子供のころのボクには「もっとお金があったら」と思うことはありましたが・・・
だからといって、テレビの画面に映る「お金持ち」をうらやましいとは思えませんでした

子供のころのボクが・・・
というよりも、ボクだけではなく、
一般的な収入の人たちが「お金があったらやりたい!」と思うようなこと、

テレビに出てくるお金持ちは誰一人として「やらない」んですね

家の家具を高級品でそろえる・・・?
家の大きさがいくらいくら・・・?
このアクセサリー○○万円・・・?
ブランド物のバッグを何千個持ってる・・・?
高級料理屋で1回の食事代が○○万円・・・?

ボクがその様子を見て思うことは、チルチルのセリフと同じですね
「それがおもしろいの?」

お金持ちになると、
子供のころのボクが「楽しい」「おもしろい」と感じている物事は、
その存在を知ることすらできない




まるで、持っている価値観が、金額に統一されてしまっているんじゃないかと思うくらいに、
テレビに出てくる「お金持ちの人たち」が、全部同じ価値観を持っているように見えてしまう
お金を持ってはいても、お金持ちが『お金を使ってやること』は結局全員一緒、

まるで、太りかえった幸福のセリフ「この世には、ほかのものはないんですから」と言わんばかりです


「お金」の換わりに、
今の自分が持っている価値観「コレがおもしろい」「コレが楽しい」が得られないのだとしたら、
ボクは「お金持ちじゃなくて良かった・・・」

あんなつまらなそうな人生を、
この世のすべての「楽しい」「おもしろい」だと思って、ほかの楽しみを知らずに生きていくなんて、
すでに「楽しい」「おもしろい」を知ってしまっている子供のボクには不幸にしか見えない


子供のころはそう思っていたボクでも、大人になると、
「太りかえった幸福」しか見えなくなるんですね・・・
子供のころは不幸だと思っていた「テレビで見たお金持ち」が、幸せな人のように思えてしまいます

お金が欲しいお金が欲しい、だって「この世には、ほかのものはないんですから」(笑)


「太りかえった幸福」達が、チルチルを、強引に「終わらない饗宴」の席に着かせようとしたとき、
「光」の指示によって、チルチルは帽子のダイヤをまわします

ダイヤをまわすと、
チルチルとミチルの周囲は「豪華なお屋敷」から穏やかで清らかで明るい「平和の花園」へと変わり
「ふとりかえった幸福」たちは「不幸の洞穴」へ逃げていきます

ふとりかえった幸福(人間の目に見える幸福)が去った後、

ダイヤの力によって、
世の中にはあるけれど、人間は見つけようとしない「幸福」が姿を現し始めます

「子供たちの幸福」「あなたのおうちの幸福」「健康である幸福」「清い空気の幸福」「両親を愛する幸福」
「青空の幸福」「森の幸福」「昼間の幸福」「春の幸福」「夕日の幸福」「星の光りだすのを見る幸福」
「雨の日の幸福」「冬の火の幸福」「無邪気な考えの幸福「露の中を素足で駆ける幸福」
「はしゃぎきった幸福」

紹介しきれないけれど、まだまだたくさん

そうしている間に


「大きな喜び」たちがチルチルとミチルのところへやってきます

「正義である喜び」「善良である喜び」「仕事を仕上げた喜び」「ものを考える喜び」
「もののわかる喜び」(←太りかえった幸福の中にいる「もののわからない幸福」とは兄弟)
「美しいものを見る喜び」「ものを愛する喜び」

「くらべもののない母の愛の喜び」


ダイヤを回した後の話のメインは、「母の愛の喜び」とチルチルとの会話ですが・・・


細かいところで「もののわかる喜び」が
不幸の洞穴へ逃げていった太りかえった幸福の中にいる「もののわからない幸福」と兄弟である設定


子供のころのボクが知っている「楽しい」「おもしろい」を、
テレビに出てくる「お金持ち」は知ることができないのは、

ボクからしたら不幸なことに思えますが、
「お金持ち」たちは、別に知らないことを不幸だとは思わないですよね?

知らなければ「自分が知っている幸福がすべてだ!」と思うことができます


「もののわからない幸福」が「ふとりかえった幸福」の中にいるのもうなづけますね


チルチルがダイヤをまわした後に登場する「幸福」や「喜び」は

人間は見つけようとしない「幸福」となっていますが・・・


ある条件がそろうと、
人間でも見つけることができますね

よく言われている、「失ってはじめて気付く」というものです


身の回りに当たり前に存在している幸福は
当たり前すぎて人間には「見つける」ことが困難ですが、

それが失われると気付くことができます
「どうして失う前に気付けなかったんだ!」という後悔と一緒に気付くことになるので・・・

「幸福の花園」と「不幸の洞窟」が隣り合っているという話とも関係してますね


「幸福の花園」は、かなり「幸せ」の核心に触れる内容ですが「青い鳥」は登場しません





次は「未来の王国」編
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