「忙しさ」から開放されて「忙しさ」を手に入れる - アフィリエイトで脱サラ (ニートが月15万円稼ぐブログ)

インフォメーション

オレ11.png オレ11.png
イラスト作成依頼受付中 【料金一覧】イラスト、GIFアニメ
無料メールマガジン発行中 『ふみさと・自由人マガジン』登録ページ
挫折しないネットビジネス教材 「ディスカバリーアカデミー」

「忙しさ」から開放されて「忙しさ」を手に入れる

忙しい

いい意味で使われることも、
悪い意味で使われることもありますね

「心を亡くす」と書いて「忙しい」



商売をしていて

「暇(ひま)」というのは、
お客さんが来なくてやることがない、
お客さんが来ないから「売り上げ(利益)がでない」ことを指して

「忙しい」というのは
お客さんがたくさん来て、やることがたくさんあって
「売り上げ(利益)がたくさんでる」ことを指して


「忙しい」は「いい意味」ですよね?

売り上げを心配する必要がなくなるので、



ボクが会社員だったころは「忙しい」のは嫌いでした
脱サラをしたことで「忙しさ」から開放されている今、


ボクは暇(ひま)になったかというと・・・



今でも「忙しい」です


そして、今は「忙しい」のがとても楽しい










ボクが会社員だったころは「忙しい」のは嫌いでした



ボクがいたチームが
「仕事ができる許容量ギリギリ(残業、休日出勤をしてやっとこなせる)」の状態で

上司にお客さんから電話がかかってくる
「緊急でこの仕事をやってもらえないだろうか?」

上司が引き受ける
ボクに「いまやっている仕事」の手を止めて「緊急の仕事」をやるように指示が来る

当然もと「もとやっていた仕事」がとまったからといって、
その仕事の締め切りが伸びるわけではないので、
遅れれば、「もとやっていた仕事」も締め切りギリギリの「緊急の仕事」に変わる



ボクがいたチームは常に
「早くしろ!早くしろ!締め切りまで時間がない!」


「仕事を進めるペース」は他のどのチームよりも速いはずなのに、
いつも「締め切りギリギリの仕事」に追われている



ちなみに・・・
お客さんが上司に電話してくる「緊急の仕事」は

実は引き受けての引き受けなくても、「会社の利益」は変わらない


インターネットの「使い放題プラン」みたいな契約のお客さんなので、
いくら仕事を引き受けようと、会社がお客さんから得られる報酬は同じ金額


ボクの上司はお客さんにとって「都合がいい人間」で
契約内容とは関係ない仕事でも、「引き受ける」ので、
(上司が「都合よく使われる」ことを「信頼されている」と勘違いしているので)

「緊急の(引き受ける側からしたら厄介でしかない)仕事」がたくさん来る


報酬は「使い放題プラン」に含めるので、
厄介な仕事を押し付ければ押し付けるほどお客さんが得をする



なんで「使い放題プラン」見たいな契約をするのかというと・・・

上司いわく、
「緊急の仕事」「とにかく早くやって欲しい仕事」で
いちいち「事前に契約書を交わしている時間がない」お客さんのニーズにこたえるため


報酬を「一定額」払えば「来た仕事」を何でもやって、
「仕事に対する報酬」の「契約書」は後付けで作るようにするため・・・らしい


つまり・・・

ボクの上司は「奴隷が欲しい(というニーズ)お客さん」に対して
「奴隷になりますよ」といってお仕事を得ることが
「お客さんから信頼されること」だと思っているということなんだろう




ボクが会社員だったころは「忙しい」のは嫌いでした



最初、会社員になったばかりのころは、

「忙しいこと」そのものが嫌いというわけではありませんでした

別の言い方をすれば、
「暇(ひま)」や「退屈」が好き、というわけではありませんでした


自分の中に
「やりたいこと」と「やらなければいけないこと」があって、


「やらなければいけないこと」に、たくさんの時間をとられてしまうことで
「やりたいこと」をするための時間がないこと
が嫌いでした


別に、「暇な時間を過ごしたい」わけでも「退屈になりたい」わけでもなくて、
「やりたいこと」を「やる時間」が欲しかっただけですね・・・?






会社員を続けていくうちに、仕事ができるようになります
上司からは期待されるようになります

勝手に期待してくれている分にはかまわないですが・・・

ボクにとって「上司からの期待」というのは、
「(やりたくないけど)やらなければいけない義務」でしかありませんでした


上司からの「ふみさと君には期待しているよ」という言葉は
ボクの耳には「期待しているんだから、応えるのが当然だよな?さもないと・・・」
としか聞こえません

「上司に期待されてうれしい」なんてセリフは耳を疑います



会社員を続けていくうちに、
仕事ができるようになって、
上司からは(嬉しくない)期待をされるようになって、


ボクは「忙しいこと」そのものが嫌いになりました

別の言い方をすれば
「暇な時間」「退屈」が心のそこから欲しくなったんですね


一言でいうなら・・・
寝たい!


「やりたいこと」と「やらなければいけないこと」の区別なんかどうでも良くて、
とにかく、寝ているとき以外は眠りたいだけでした


「心を亡くす」と書いて「忙しい」

忙しくなればなるほど、
ボク中の「アレをやりたい」「コレをやりたい」という
「寝たい」に上書きされていきました



忙しいことそのものが嫌いになって


しばらくして
脱サラをしました


もちろん脱サラをする前に、
「派遣先」や「派遣元」の会社に「辞める」と伝えることになります

当然こんな質問をされます

会社を辞めて何をするつもりなんだ?
何かやりたいことはあるのか?


口では、相手の反応とか、自分の立場を気にしてそれっぽいことを答えますが・・・



「相手」や「立場」なしで素直に、


会社を辞めて何をするつもりなんだ?
何かやりたいことはあるのか?


という質問に答えるなら、

当時のボクにとって、
一番しっくりくる答えは「寝たい」でした



脱サラをして
「忙しさ」から開放されたことで




ボクは「暇(ひま)」になったのかというと・・・
一時期(といってもかなり短い期間ですが)は「暇(ひま)」でした

そして・・・

また忙しくなりました
そして今の「忙しい」は同時に「楽しい」とも感じます



上で書いたようにに
そもそもボクは会社員になる前

「忙しいこと」そのものが嫌いなわけではありませんでした
(特別「暇(ひま)」や「退屈」が好きだったわけじゃない)


会社員を続けているうちに、
「忙しいこと」そのものが嫌いになりました
(「暇(ひま)」や「退屈」が欲しい!寝たい!)



脱サラした(会社員を辞めた)後は逆順にたどっていきます


会社を辞めた後、
忙しさから開放されてすぐは、まだ「忙しいこと」そのものが嫌いなので、
一時期、「忙しさ」から開放されたことで「暇(ひま)」になります


で・・・


忙しさから開放されて時間がたつと、
だんだんと、また忙しくなっていきます(笑)



忙しいことそのものが嫌いなんじゃなくて、

「やりたいこと」と「やらなければいけないこと」があって、
「やらなければいけないこと」に、たくさんの時間をとられてしまうことで
「やりたいこと」をするための時間がないことが嫌いな状態にもどるわけですね


脱サラした(会社員をやめた)ことで、
「やらなければいけないこと」は減っても「やりたいこと」が多くて、忙しい


「やりたいこと」をやりつくしてしまえば、
また暇(ひま)になるのだろうけれど・・・



「やりたいこと」をやってもやっても、
また新しく「やりたいこと」が自分の中に出てきてしまって・・・



しかも・・・
新しく「やりたいこと」が生まれてくるペースのほうが
「やりたいこと」をやるペースよりも速い
せいで、暇(ひま)になる気配がない





自分には「やりたいこと」なんか何もない

もしかしたら、
どこかで耳にしたり・・・
自分で口にしていたり・・・



「やりたいこと」が新しく生まれるペースが速すぎて忙しい
そんなことを書いたボクにも、


ボクには「やりたいこと」なんか何もない
そんな風に感じていた時期があります


正確に言うと
「やりたいこと」が無いのではなくて
「やろう!と思えること」が無いですが・・・




「やりたいこと」と「やろう!と思えること」何が違うの?

ボクの中では
やりたい + できそう = やろう!と思える


いくら「やりたい」と思っても、「できそうにない」ことは、
やろう!とは思わずに「あきらめがつく」んです


やりたくて、なおかつ「できそう」だと、
なかなかあきらめがつきません




ボクには「やりたいこと(やろう!と思えること)」なんか何もない
そんな風に感じていたときでも、

おそらく、

心の中では「やろう!と思えること」が新しく生まれてはいたんです
でもそんな風には感じられなかった


なぜ?


「やらなければいけないこと」が多すぎて、
「やりたいこと」が心の中で生まれても、それと向き合っている時間がなかった



たぶん、ボクの中では
「やりたい!」よりも「やらなければいけない!」のほうが声が大きいのだと思います

良く言えば「責任感が強い」
悪く言えば「他人の目を気にしすぎ(自意識過剰)」

「やらなければいけない!」という大きな声に
「やりたい!」という小さな声がかき消されてしまっているせいで聞こえない




「心を亡くす」と書いて「忙しい」

「やりたい」と思う心がないというよりも、

「やらなければいけない」ことが多すぎて
心に向き合っている時間がないから



だから
自分には「やりたいこと」なんか何もない
ように感じてしまう



昔のボクは

「やりたいこと」と「やらなければいけないこと」があって
「時間」が限られていて両方はできないとき、

「やらなければいけないこと」のほうを優先して
「やりたいこと」に対してはあまり注意を向けない


「自分の心に向き合う」ことをしないでいるせいで、
いつしか自分には「やりたいこと」なんか何もないと感じるようになる




11156336_1562376217354720_7483644509865079506_n.jpg


「自分の心に向き合う」というのは
なんとなく「重要そう」ではあるけれど、「緊急ではない」

「やらなければいけないこと」というのは
重要なものも重要ではないものもあるけれど、「緊急」ではある





「自分の心に向き合う」のは、
重要そうだけれど緊急じゃないから、後でもできるから、締め切りがあるわけじゃないから

後まわし、後まわし、


今は忙しいから、
「自分のに向き合う」時間がないから、

後まわし、後まわし、





いくらでも、「後まわし」にできるような気がしますが
後まわしにできなくなる時期がやってきます


死ぬ直前


死んだ後でやることができないので、
生きているうちに「自分の心に向き合う」ことになります

生きているうちにやらないといけないので、
「緊急」で「重要」な第1領域になります



死ぬ直前まで「やらなければいけないこと」から開放されない
なんて人はいないので、

嫌でも「忙しさ」からは開放されてしまって「自分の心」と向き合ってしまう


今まで、見ていなかった、聞いていなかった
心の中の「やりたい」に嫌でも目と耳を向けないといけなくなって・・・



いくら「やりたい」と思っていても
「できそうにもないこと」だったら「あきらめがつく」のに、


「やりたい」ことの多くは、
「後ほんの少し寿命があればできそうなこと」がたくさんある


「死ぬ前の後悔」は
「やってしまったこと」を後悔するよりも
「やらなかったこと」を後悔することのほうが圧倒的に多い


「やりたい」だけならまだしも
「できそう(できるはずだった)」だと、なかなかあきらめきれない




「やりたいこと+できそう」をやれるだけやってむかえた寿命だったら、
死ぬ前の後悔はかなり少ないのかもしれません


実はもうひとつ
死ぬ前に後悔しない方法もあります



「心を亡くす」と書いて「忙しい」
「後悔する」すら「くした」状態で死ぬときには後悔しません



こんなマンガがあります



「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)
domestic161026_01.jpg
domestic161026_02.jpg



「自分の心に向き合う」のを散々後回しにしたあげくに
「やらなければいけないこと」から開放されたせいで

「自分の心に向き合う」事が避けられなくなるから後悔するので・・・


「やらなければいけないこと」が
「自分の許容範囲を超えた状態」の時に死んだら、死ぬ前に後悔することはないですよね?

「後悔する心」が「亡くなる」くらい
「やらなければいけないこと」が多すぎて「忙しい」時に死ぬと、

このマンガの中のセリフ

一歩、たった一歩、それだけで
明日は会社に行かなくていい!?
フォオオオオオオオオオオ!!!




「死ぬ前に後悔しない」ことを「幸せ」だと思えるかどうかは人それぞれ違うと思いますが
(少なくとも、ボクにとってはマンガに書いてある状態で死ぬのは幸せではないです)


ボクがマンガの状態に一番近かったときが
会社をしばらく続けていて

「忙しいこと」そのものが嫌いだった時期ですね

忙しくなればなるほど、
ボク中の「アレをやりたい」「コレをやりたい」という心は「寝たい」に上書きされていたころ


あのまま、脱サラしないで会社員を続けて
「アレをやりたい」「コレをやりたい」という心が「寝たい」に上書きされ続けていたら
「死ねばずっと寝ていられる」(ズギャァン)
となっていたかもしれないですね




「忙しさ」から開放されて「忙しさ」を手に入れる


「やらなければいけないこと」に追い回される「忙しさ」から開放されて
「やりたいこと(できそうなこと)」を追いかける「忙しさ」を手に入れて、



会社員のころは嫌いだった「忙しい」
今は楽しい「忙しい」





ちなみに

「心を亡くす」と書いて「忙しい」・・・
じゃあ、「暇(ひま)」は?

無題.PNGで、「暇(ひま)」


無題.PNG(中身のないハリボテ)の日で、暇(ひま)


ハリボテの日
ボクが会社員をしていたころ、
会社の仕事をしているのは、「やらなければいけない」から仕方なくやっていただけでした

・やらないと上司に怒られるから
・生活していくための給料をもらうために仕方なく



「やりたい」とか「やりがい」みたいな「心」があってやっていたわけではなく

「そうしないといけない」という
周りからの圧力みたいなものに「うわべだけ」「表面だけ」従って行動していました

「周りの人が見たいであろう自分」「周りが期待しているであろう自分」のハリボテを作って
本当の自分は隠していました

自分の中にその行動(会社の仕事)するための心(中身)があったわけではありません


無題2.PNG(ハリボテ)の日」が「暇(ひま)」だというなら・・・



会社員のころのボクは
「忙しさ」を嫌っていたころのボクは
口では「忙しい」「忙しい」と言いながら「無題2.PNG(ハリボテ)の日」を過ごしていただけの

心(中身)を亡くして、表面だけになったハリボテの
「やりたいことも」ろくにしない「暇人」



脱サラした後、
「やりたいことを追いかけて」、「忙しい」を「楽しい」とすら思える

「他人の目」や「他人の期待」を配することがくなった

今のボクが、本当の意味で「忙しい」のかも知れないですね

Alice.PNG 挫折しないネットビジネス教材 「ディスカバリーアカデミー」

"実用重視"の「ふみさとオリジナル特典」つきで販売中
【特典1】「イラスト&GIFアニメ」オーダーメイド
【特典2】自分の言葉で文章を書くマニュアル
【特典3】購入者限定メルマガ「ウザくないサークル」
もっと詳しく
この記事へのコメント
ふみさとさん、こんにちは。
今、自分の人生を歩んでいるからこそ、忙しい毎日を送られているのですね。
とても羨ましい状況だと思います。
私も会社員はやるべきではないという考えになりました。
会社員やるよりネットで起業した方がいいですね。
勉強になりました。
ありがとうございました。
Posted by 蒼士 at 2017年06月06日 05:53
> 蒼士 さん

いつもコメントありがとうございます(^^)


欲を言えば、
「やりたいことが新しく出てくるペース」はもう少し遅く
なってくれるとありがたいんですけどね(^^;)


>>私も会社員はやるべきではないという考えになりました。
>>会社員やるよりネットで起業した方がいいですね。


「今の時代」は昔の会社員みたいな

・会社に長く勤めていれば昇給
・年齢が上がるにつれて給料が上がって裕福になる

なんて望めないですもんね(--;)



会社に勤めるのが長くなればなるほど、
仕事は忙しくなっていくのに、給料は据え置き

「支払う代償」が大きくなっていくだけで
「報酬」は据え置きで割に合わないですもんね



せめてもの救いは
「上昇しない」だけで「初任給」はあまり変わっていないので、

「短い期間勤める」だけなら
昔も今も、「給料はほとんどかわらない」で働けるので、

起業するための「初期費用を稼ぐ」のには使えることですかね?




短い期間ならいいですが、

昇給が見込めない会社で働き通けるのは、
期間が長くなればなるほど「割に合わなくなる」ので、


初期費用が用意できたのに、
いつまでの会社員でいるのはあまり得策ではないかも知れないですね


蒼士さんの言うように、
会社員やるよりネットで起業した方がいいですね。


Posted by ふみさと@管理人 at 2017年06月07日 02:24

コメントを書く

お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

ランキングバナー