お金があるのに買えない〜ボクはいつまで妥協するのだろう? - アフィリエイトで脱サラ (ニートが月15万円稼ぐブログ)

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お金があるのに買えない〜ボクはいつまで妥協するのだろう?

先生


ふみさと「お金はあるんだ!
キリギリス先生「急にどうしたんだい?」

ふみさと「先生、ボクは欲しい物が買えないんだ」

キリギリス先生「うーん、それはいくらぐらいのものなの?」
キリギリス先生「金額にもよるけど・・・」
キリギリス先生「アルバイトして、お金を貯めて買うといいんじゃないかな?」

ふみさと「違うんだ先生、買うためのお金ならもう持ってるんだ」
ふみさと「銀行からおろしてくれば、お金はすぐに用意できるんだけど・・・」

キリギリス先生「じゃあ、買ったらいいんじゃないの?」

ふみさと「買えないんだ」

キリギリス先生「どうして?」

ふみさと「将来、収入がなくなったときに、生活できるようにお金は残しておきたいんだ」

キリギリス先生「将来のために貯金をするのはいいことだね?」

ふみさと「でも、ボクの銀行の貯金額は、ボクが死ぬまで生活していける金額には程遠いんだ」

キリギリス先生「それはそうだね・・・」
キリギリス先生「ふみさと君ぐらいの若さで、会社員の収入だけで、数千万円の貯金なんてできないさ」

ふみさと「ほしいものを買うだけのお金はがあるのに、買えないんだ」
ふみさと「ボクはいつになったら欲しい物が変えるようになるの?」

キリギリス先生妥協するのをやめられたときかな?」

ふみさと「妥協?」
ふみさと「ボクはべつに妥協なんかしてないけど・・・」

キリギリス先生「ふみさと君は、将来のために今を妥協して生きているんじゃないかな?」


キリギリス先生「今日1日をめいっぱい楽しく生きようと思うなら、」
キリギリス先生「ほしいものを買って、食べたいものを食べて、会いたい人に会って、やりたいことをして」

キリギリス先生「別に難しくはないよね?」

ふみさと「うん、でも・・・」

キリギリス先生「将来が怖くてできない?」
キリギリス先生「将来をよくするために、今はガマンしないといけない?」

ふみさと「そうなんだ・・・でも、いつまでガマンすれば、」
ふみさと「ガマンしなくていい日が来るのか分からなくて」

キリギリス先生「ふみさと君は、辛く苦しいことをガマンした先に幸せがあると」
キリギリス先生「思っているかもしれないけど」

ふみさと「違うの?」

キリギリス先生「辛く苦しい今日を生きた人に待っているのは、辛く苦しい将来だし、」
キリギリス先生「今日を妥協して生きている限り、一生妥協し続ける毎日が待っているよ」

ふみさと「そんな・・・じゃあボクはどうすればいいの?」


妥協

自分が持っている意見や主張と、周りにいる誰かの意見屋主張が異なるとき・・・
自分の意見や主張を取り下げて、相手にしたがったり・・・
自分が理想的だと思う意見主張を、相手の意見主張に近づけたり


相手と言うのが人間でない場合でも・・・
「自分の理想」があっても、今の「自分が置かれている状況」がそれを許さなかったりするときに、
「自分の理想」をなかったことにしたり、「自分が置かれている状況」に近づけたり・・・



ボクは毎日、妥協しながら生きています・・・
もしかしたら、このブログを読んでいる、あなたも妥協したことがあるのではないですか?


ボクは、子供だったころから妥協しながら生きています


将来のために、今はガマンしておこう


子供のころ、自分の周りには「ほしいもの」がたくさんありました
ラジコン、戦隊者に出てくるロボット、ウルトラマンのソフビ人形、ミニカー


お正月に、おじいちゃん、おばあちゃんから、お年玉をもらいます


欲しい物がある!

そしてお金もある!

ボクは何を買ったか?







全額貯金



親が作ってくれた銀行の口座に預けていました。



ボクの親は、
お年玉や毎月のおこづかいをくれない代わりに、

ボクの貯金には手を付けない親でした


毎年毎年、お年玉は「貯金」です。


高校生のとき・・・


「奨学金」と言うものを受け取るようになります
将来返さないといけないお金です


その金額を見て、すごく腹が立ったことを覚えてます





少なすぎる!

ではなくて(笑)



多かったんです、ボクの奨学金


将来返さなければいけない金額が大きくて、イヤだったんです。

ボク自身、あんまり奨学金を受け取りたくはなかったのですが・・・




奨学金をもらわなければ、親に、高校に通うためのお金を出してもらえないとなると、
仕方なく奨学金を受け取らざる終えなかったのです


ボクの社会人生活がマイナス(借金状態)からスタートすることがイヤでした



それ以上に腹が立ったのが、

ボクが生まれてから高校に入るまで、
ず〜〜〜〜っと貯金してきた「お年玉」


奨学金と比べたら「はした金」でした・・・


おかしいな、「将来のために」と思って、
ず〜〜〜っと貯金してきたお金、

奨学金の返済に使おうとすると、ぜんぜん足元にも及ばない金額だったんです。


子供のころに使っておけば、
どれだけ「楽しい」が買えたのだろう?
どれだけ「嬉しい」が買えただろう?


金額は同じです
減ってません

でも・・・

小さな小さな子供だったときにもらうお金と、
高校生になってから目の前にあるお金と・・・


同じ金額なのに、全然感じる価値が違う



子供のころの「こんな大金!?」が、
高校生の「これっぽっち!?」です


金額が同じなら「こんな大金!?」って思えるうちに使っておけばよかった


子供のころから妥協して生きていたんです


将来、欲しい物が目の前に現れたときに、買えるだけのお金がないと嫌だから
今は買うのをガマンしよう


ちなみに、子供のころ、貯金していたときは
大学に入るときにお金がなくて大学にいけないのは嫌だから貯金していました


大学の授業料に比べたら、
子供のころからず〜〜っと欲しい物をガマンして貯金したお金は、
ほとんど足しにもならない金額だと気がついたのは高校生になってからです



将来が心配だから、今ガマンする


学校の勉強もそうですね


将来なりたい職業に就くときに、
必要な大学にいけるだけの学力がなくて、その仕事をあきらめなければいけないのは嫌だから

楽しくない勉強もしていました


「学校の勉強ができる」なんて、
社会にでたらたいした価値のないことだと気がついたのは、

大学生のときに、就職活動の面接で落ちまくったときです


社会人になりました


会社の仕事、

めっちゃくちゃ嫌でした!

どれくらい嫌だったかと言うと・・・

小学校4年生ぐらいのときから、ずっと、
仕事なんかしたくない大人になんかなりたくない


そんな風に思うぐらい、嫌でした


でも、心のどこかでは期待していたんです

まだ実際に会社で働いたことがないから、
会社員が、会社で一体何をやっているのか知らないから、

だから、必要以上に仕事を怖がっているだけで、
実際は、やってみたら、たいしたことなんかないんじゃないか?と


まぁ、嫌だ嫌だと思っていても、
時間と言うのは勝手に過ぎていくもので、


ボクは大人になってしまうわけです

内定をくれた会社に入るわけです

会社の実名を出すと、年々も前に辞めた会社から社員が家に押しかけて、
ブログの記事を削除しろと言ってくるような会社なので、実名は出しません

しかし、画像ならGoogleの検索に引っかかることはない!




最悪でした
主に上司が

3ヶ月でやめてますが・・・


会社員と言う生き方そのものが最悪なのではなくて、
ボクがたまたま入った会社の、たまたまボクの上司になった人間が最悪だったと言うことに気づくのは、

1回目の会社を辞めて、大学院へ逃げた後、
2回目に入った会社の上司がだいぶマシだったと言う体験をした後です


会社員をしていた3ヶ月間
当然ですが、会社なんか辞めてしまいたいのです



でも・・・


将来が心配だから今ガマンするんです。


いつまで?


ボクの精神が耐え切れずに、
毎朝、Yシャツの袖に腕を通そうとすると吐き気に襲われるようになるまで・・・


会社から大学院へ逃げて

今はいいけど
当然、「また社会人にならないといけない」日が来るので、


どうにかしようと、インターネットで検索をかけたりして調べるわけです


1冊の本の存在を知るんですね



それまでただなんとなく
将来怖いな〜と思って生きてきたんですが

本を読んで自覚するんです
これまでの人生、将来のために妥協しまくって生きてたんだ


将来のため今やりたいことを何にもやらないで生きてきたんだ

そして・・・

このままだと、自分のやりたいことなんて一生できない


将来のため、将来のため、とを犠牲にし続けているけど


どんなにを犠牲にし続けても・・・

犠牲にしたがが取り返せる将来なんか一生こない


将来のために、今はガマンしよう


そうやって、ガマンしなければいけない毎日を送っていても、
「ガマンしなくていい日」なんて一生こない



やりたいことをガマンして、今日1日を妥協して生きている限り・・・

昨日と同じ今日が続くだけ
将来のためにガマンする今日が続くだけ
おっかなびっくり生きている今日が続くだけ


そして、60歳で定年を迎えてはじめて、
「将来のため、将来のため」と生きてきたことがすべて無駄になったことに気がつく

「あの時やりたかったこと」を60歳で取り戻そうと思ったときには、
もうほとんどのことが「手遅れ」になっている



そして・・・


「会社員は3年で辞める」と言う決意のもと、

2回目の会社員

デザインネットワークという、技術者の派遣会社に入社して、
テプコシステムズと言う会社に派遣されて行くわけです。


入社したデザインネットワークは、
社員のことを大切に扱うめちゃくちゃいい会社でした


いないとは思うけど、
もしも就職活動中の、機械系、電子系、プログラミング系の学校の学生がこの記事を見てくれているなら
デザインネットワークは本気でオススメできる会社ですね


派遣されていった「テプコシステムズ」と言う貸家も、
会社自体は「超」がつくほどのホワイト企業

そして・・・

ボクが入ったチームの上司がブラックだったので、
ボクのチームだけがブラックな状態でした


上司がブラックと言っても、
1回目の会社の上司よりは、はるかにマシなんですけどね(^^;)

なので、1回目の会社は、ボクにとっては辞めて正解だったわけです


スピリチュアルなことを研究している人の意見だと、
何か決断をするとき、「今が変わるべきときですよ〜」という、転機を知らせるお知らせと言うものが存在しているらしいです

本当かどうかは分かりません
(ボク個人の意見では、スピリチュアルなこともこの世に存在するとは思っていますが)



「転機を知らせるお知らせ」がどんなものなのかと言うと・・・

ネガティブなことが起きる

自分にとって辛くて苦しいことが起きるそうです


まぁ、確かに、

最悪だった1回目の会社入ってすぐに辛くて苦しかったです

あのまま会社で働き続けるか
当てもないのに会社を辞めてしまうか


ボクは3ヶ月で当てもないのに会社を辞めてしまうと言う決断をしました


そのおかげで大学院で1冊の本に出会って


2回目入った会社は、はるかにマシでした




2回目の会社はもともとが「3年で辞める」と決めた上で入った会社ですが

それでも、
会社員3年目に「今が変わるべきときですよ〜」と言うお知らせみたいなものがありました


大学院生のときに「7つの習慣」でこんな言葉に出会いました

刺激は選べないが反応は選べる


ボクは
「怒られること」と、
「自分が自由に使える時間を奪われること」が嫌いです


「怒られること」と言うのは本当に嫌いで

誰か知らない他人が、誰か知らない人に怒鳴られているのを見ると、
怒鳴っている人誰だか分からなくても、その人のことを嫌いになります

よく、子供を連れたお母さんが、お店とかで子供を怒っていること、ありますよね?
あれを見るのも嫌です


自分が怒られるのも、当然嫌です
ボクのことを怒鳴りつける人は大っ嫌いになります



まぁ、
会社人になれば、上司に怒鳴られることなんて日常茶飯事なんですけどね?



それでも、

刺激選べない(上司が怒鳴ってくるのは、自分にはどうしようもない)
けれど、反応は選べる(それに対して自分がわざわざ気分を害してあげる必要はない)


と言わんばかりに過ごしていました


上司は言います
これから仕事を続けていく上で「アレをやったほうがいい」「コレをやったほうがいい」

上司からすれば、
まぁ、やらないよりはやったほうがいいんでしょうけど、

それは、ボクが上司にとって都合のいい人間になるために必要なことであって

ボク自身が必要なことではないんですね?(だって、会社員は3年で辞めるんですから)

もちろんやれば、上司の機嫌を取れるので、やらないよりはやったほうがいいんですけど・・・

「最良」の敵は「良」と言う言葉があるように、

「やらないよりはやったほうがいいこと」というのは、
多くの場合、「本当にやらなければいけないこと」の邪魔になるんですね


なので、
上司のアドバイスは適当にあしらうんです
「そうですね〜」とか、「がんばります」とか言って
※もちろん「やります」なんて言いません


で、そうやって、上司からの刺激を、
あしらうように反応していたんですが・・・


3年目ぐらいに「ネガティブ」なことが起きるんですね



脱サラをした今、振り返ると「転機を知らせるお知らせ」だったのかな〜?
と思うようなことです


今までは、
「刺激は選べないが反応は選べる」と、

上司が怒ってきたり、いらないアドバイスをしてきても平気だったことが、


3年目あたりから
なぜかやたらと気に障るようになったんですね


もちろん、気に障るからといって、
ボクの態度が変わったり、口調が変わったりといった表には出てきませんよ?


でも、なんか心が「ざわざわ」するんです
今まではすぐに収まったいたのに・・・


そして、上司もボクが適当にあしらっているのに感づいたのか、
アドバイスがしつこくなったんです


「○○したほうがいいよ」と言う、ボクにとっては役に立たないアドバイスが
「○○しないとダメだ!」という、強制に変わりました


派遣契約では「会社の出社時間は自由に決められる」となっているので、

会社に遅く来た日には、
「もうちょっと早く来てもらえる?」といった、あくまで、「お願い」だったものが、

「正社員の提示は8時40分なんだから、お前もその時間に来るのは当然だろ!」
「最近たるんでるんじゃないのか?」と、強制する上に説教になりました


上司はテプコシステムズの正社員なので、会社の定時に来るのはまぁ、普通ですが
(それでも他のチームを見ると会社に来る時間は正社員でも自由にしてますけど)

派遣社員であるボクは「派遣の契約」で「自由」と決められているので、自由に来る
それが許されなくなりました


就業規則、派遣の規則で禁止されているはずの
「昼休みに仕事させる」「休日に家で仕事させる」「家に電話して、仕事させる」
「通勤、帰宅の電車の中でも仕事させる」

当然、「会社の就業時間」で働いた時間分の給料しか出ない

要するに、サービス残業の強制ですね?


以前は、「悪いんだけど、やってもらえるかな?」だったものが、
「やるのが当然だろ!」と、やらなければ悪者としてつるし上げられるようになりました

当たり前ですが、悪者は就業規則を破っている上司のほうなんですけどね?

上司に、何か「説教」や「役に立たないアドバイス」を言われて平気だったボクが
何かと上司の言動が気に障るようになりました


顔にも態度にも声にも出さないけれど・・・
心の中の「ざわざわ」がなかなか収まらなくなってきました

上司の態度の変化に対して

ボクが「イヤな顔」しないのをいいことに、上司は調子にのってきているんじゃないだろうか?

もっともっと仕事をおしつければ、ふみさとは断れずにやってくれるなんて思っているんじゃないだろうか?

どんな要求をしてもボクは上司に逆らえないと思っているんじゃないだろうか?


そんな風に感じてしまうようになってしまったんですね?


そして・・・

病院で「うつ」の診断書をもらって、
会社に提出して辞めたんです

で・・・

今のところは、それも正解だったように思います


まぁ、いつか、絶対にないとは思いますが(笑)、
「会社辞めなきゃよかったな〜」なんて思う日が来るかもしれないので、

「今のところは」とつけておきます


ボクには「やりたいこと」がたくさんあります

ほとんどが「作る側のオタクとしての活動」なので、
会社員をしていても、会社から評価されるような活動ではありません


ボクが会社員を続けていたら、

将来、会社員の安定した収入がなくての困らないために
自分がやりたい「作る側のオタクとしての活動」をガマンして、
今は「(やりたくはないけど)会社から評価される活動」をしなきゃ!

そう思いながら毎日を妥協して生きていたはずです。


将来のために今日を犠牲にして、ガマンして1日を過ごして
次の日も将来のために今日を犠牲にして、ガマンして1日を過ごして
また次の日も将来のために今日を犠牲にして、ガマンして1日を過ごして


「ガマンしなくていい日はいつ来るんだろう?」なんて、
あるひ、突然、どこかの誰かが「ガマンしなくていい日」を持ってきてくれることを期待しながら

生きていたはずです


下手をしたら、
自分が「今を犠牲にしている」なんて、
定年退職するまで気づくことすらなく人生を生きていたのかもしれません


今でも妥協しながら生きています

銀行口座には、たくさんのお金があるのに、ほしいものを買えないときもあります

「作る側のオタクとしての活動」
「アレもやりたい」「コレもやりたい」・・・

そう思いながら、やらずにボーっと1日を過ごしてしまうこともあります。


でも、

今のところは(笑)、
会社員だったときよりも、「妥協」することは少なくなりました


「会いたくない上司」と顔を合わせないですし、
「会社に通うため」だけに妹と離れて暮らすこともありません(実家暮らし)
「作る側のオタク」の活動も趣味のレベルで少しづつやっていあす
お客さんは指で数えられるほどですが好きな「イラスト」を自分の仕事としてやることもできています



いつか、

アリに向かって
「もう、弾きたい曲は弾きつくした、歌いたい歌は歌いつくした」
「私が死んだら、その亡骸を食べて、冬を越すといい」

そう言って見せたキリギリスのように、

自分が「やりたいことはやりつくした!」そういって、
笑いながら寿命を迎えられるような人間になるために、

将来のために今日を妥協するなんてことなく、今日1日を精一杯生きていく
そんな人生を目指して、記事を書いています。


あなたはどうですか?

何か、「将来のため」「今日」を妥協していることは何かありますか?

将来のためにとガマンしていることはありますか?
あと何日ガマンすれば、「ガマンしなくていい日」がやってきそうですか?


次の休日はいつですか?
その休日を、「1日めいっぱい楽しんで生きる」としたら、あなたは何をしますか?












今、休日に「やりたい」と思い浮かべたこと、
上司に、「休日出勤してくれないかな?」と言われたら・・・

それであきらめてしまわなければいけないほど、あなたにとって「安っぽい」感情ですか?

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この記事へのコメント
ふみさとさん

初めてコメントさせていただきます。
PHYと申します。

電脳せどりを行いながら、
ブログを運営している者です。


ふみさとさんのブログの1記事って、
他の人の5記事くらいの熱量がありますね。
何記事か拝見したのですが圧倒されてしまいました(笑)

「将来のために」ですか。
多分この国の教育自体がそうなってるんでしょうね。
実際に労働から解放されるのは老人になってからですしね。

僕たちは幸いそのカラクリに気づけたわけですから、
なるべく今の充実に妥協なく生きていきたいですね^^

いい刺激をいただきました。
ありがとうございます。


ブログのランキングの応援させていただきました。

私のブログもランキングに参加しておりまして、
お時間あるときにでも遊びに来てくださると嬉しいです。

では失礼します。
Posted by PHY at 2016年02月16日 20:51
>PHY さん

はじめまして、コメント&応援ありがとうございます(^^)

>ふみさとさんのブログの1記事って、
>他の人の5記事くらいの熱量がありますね。

書き終わるころには疲れきって、ちゃんとブログの見直しできなくて誤字脱字が多い野はなんとかしないといけませんね(^^;)

読むほうも大変なので、読者の何人かは、読み終わったら、疲れてコメントする力が残ってないかもしれませんしね(笑)

>「将来のために」ですか。
>多分この国の教育自体がそうなってるんでしょうね。
>実際に労働から解放されるのは老人になってからですしね。

学校の勉強は、「お金持ちのために働くよい労働者」を作るためのものですからね(--;)

周りの人たちにそのことを気づかせてあげるためにも、からくりに気づいた人たちが「妥協なく」生きていくのは、ある種の使命みたいなものですね

Posted by ふみさと@管理人 at 2016年02月18日 01:14

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